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王監督、ありがとうございました。

<王監督>監督生活に終止符…会見で「私は幸せでした」(毎日新聞)

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辞意を表明するソフトバンクの王監督=福岡市中央区のホテルで2008年9月23日午後5時45分、金澤稔撮影

 プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督(68)が23日、ユニホームを脱ぐことを決意した。前身のダイエー時代の95年に監督に就任して14年。巨人の監督時代を含めると19年間の監督生活に終止符を打った。「14年間、私は幸せでした」。1時間に及ぶ会見で、歩んできた野球人生を振り返った。【藤野智成】

 2年前にがんのため胃の全摘手術を受けた後も指揮を続けてきた。「ユニホームを着てグラウンドで死ねたらいいと思っていた。元気な時は自信もあって、いくつまでもできると思っていた。しかし手術をしてから体重も減り、術後は自分の足でないような気がする時もあった。じれったい思いをしながら過ごした2年間だった」。気丈に振る舞ってきた王監督が、初めて闘病の労苦を語った。

 前身の南海時代から17年間Bクラスだったダイエーの監督に就いたのは95年。立て直しは容易ではなかった。最下位だった2年目の96年には、当時の日生球場(大阪市)でファンから生卵をぶつけられもした。が、現役時代に世界記録の868本の本塁打を残した技を伝え、小久保裕紀(36)、松中信彦(34)両選手ら強打者を育て、99、03年には日本一に。昨季まで10年連続でAクラス入りの「常勝軍団」を築き上げた。

 59年に早稲田実高から巨人に入団して今年で丸50年。「一つの道にどっぷりつかり、心ときめかせてきた。68歳でやれるのは幸せだったと思う。ユニホームを脱ぐと決めたものの、このときめきを今後はどういう形で起こしていけばいいのか検討もつかないが、一つの線を引いた」と、今なおたぎる野球への熱意ものぞかせた。

 王監督は「福岡は第2の故郷。福岡を自由に動ける拠点として、私でやれることであれば、100%力を出し切りたい」。広く日本野球界にも「求めがあれば、進んで協力したい」と後方支援を約束した。

[毎日新聞:2008/09/23 22:06]

王監督、ありがとうございました。<(_ _)>

選手時代は子供心に野球という世界に引き込んでくれて。

ホームラン王世界の王という言葉は忘れません。

そして引退後、巨人の助監督、監督を歴任し、その後、福岡でホークスの監督となり、万年Bクラスのチームを常勝軍団にしてくれました。

そして日本一にも二度、ホークスを導いてくれました。

日本シリーズでのON対決も見応えがありました。

そしてWBCの記念すべき第一回大会で見事に優勝し、再び『世界の王』に君臨しました。

体調も崩されても、ファンあってのプロ野球を考え、現場復帰もされました。

王監督には、感謝、感謝の言葉しかありません。

今年はふがいない成績になったかもしれません。

でも、王監督が育てた選手が、きっとこの後も活躍してくれるでしょう。

これからもプロ野球発展のため、身体に気を遣い、頑張ってもらいたいです。

本当に、長い間ありがとうございました。<(_ _)>

ご苦労様でした。

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